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もし徳川幕府が続いていたら

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 19:10:23
日本はどうなった

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 20:20:24
別にいいんじゃね。続いてても

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 08:41:05
江戸時代の暮らしが続いていたら地球温暖化対策のモデルとなったかな

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 12:12:44
天皇は京都に立憲君主
将軍が江戸に居て首相

みたいな感じなのか?

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 16:12:35
>>3
そうそうスローライフのモデルとして注目されてる

だが3000万の人口ならでは なんだろうけどね

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 20:22:21
横須賀造船所は近代日本のマザーマシン

横須賀明細一覧図を読む
ttp://tozenzi.cside.com/oguri/yokosuka/ichiranzu.htm

ネジはもちろん、あらゆる工具・部品・工業製品をここで造って、「船も造った」

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 11:16:11
富国強兵と似たようなことは やったと思う幕府も
ただ大陸に進出はしなそう
幕藩体制→近代的な国家への脱皮 ここらの体制が問題かな

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 16:40:54
幕府はフランスが後押ししてたけど、幕府が公武合体路線を進めた場合、フランスをモデルとした近代化になるのかな?

幕藩体制のマイナーチェンジを目指すなら、プロイセンを参考にするかもしれんけど、薩長を戦争で血祭りに出来たなら、その武力と天皇の権威でフランスみたいな中央集権国家を目指す可能性があるかもしれんよね

9 :B@a:2007/03/16(金) 23:26:38
水戸新幹線「みつくに」
尾張新幹線「ただなが」
紀伊新幹線「よしむね」

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 09:31:08
尾張新幹線の ただなが がよくわからん
もしや駿河新幹線か

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 10:21:21
どうせなら「ごろうた」がいい。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 10:43:35
ごろうたに 比べると
紀州の ちょうふくまる
水戸の つるちよ はマイナーだね

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 12:52:51
>>12
そりゃ幼名で家督継いだのは ごろうた だけだしね。

加賀新幹線や山陽新幹線は早くに整備されそう。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 19:59:04
松前以外の北海道はロシア領
琉球はイギリス領
小笠原諸島はアメリカ領

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 20:03:50
松前以前は、安東氏が蝦夷の民と良好な交易関係を結んでいただろう
いわゆる北のまほろばの王国

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 21:46:30
戊辰戦争の勝利後、小栗上野介や大鳥圭介が幕府洋式歩兵を拡充するかたちで徴兵制を施行。
それを会津等門閥派が不服に思い、決起する。結局、白虎隊も切腹し、旧藩士は北辺に飛ばされる。
「巡査となつて、會津を討て。會津を討つて戊辰の恨みを晴らせ。」というスローガンのもと
旧薩摩藩士が大挙して警察官になる。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 21:55:27
>>16
東北戦争だな

18 :B@a:2007/03/21(水) 23:35:34
さぁさぁ大変だ大変だ太平流棒球の武蔵原獅子奴が不逞な大判小判を若衆どもに大盤
振舞してたのが公儀に知られちまったンだよぅ。後楽園の殿様は寺子屋の先生や蝋燭
油問屋のぉ偉いサンに頭をさげまくったってぇんだから大変だオット続きは此の讀賣瓦版
を見てくれ買ってくれってぇぇもんだサァ買ったかったかったぁ〜


19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/22(木) 08:54:12
薩摩が幕府と組むにしても
大久保が台頭するかどうかで 歴史変わると思うな

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 11:59:43
列強の半植民地、最悪は中国みたいに内戦か、
列強「得にロシア、イギリス、アメリカ辺り」の植民地。

21 :B@a:2007/03/26(月) 20:43:43
んじゃ「清がヱゲレスに99年租借させて今やw胚の常連に」に100元賭けるわ。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/29(木) 22:50:42
徳川幕府はオスマントルコ帝国より特に軍備面、外交面で後進国、中国清帝国みたいな人口、国土の広さもない。
徳川幕府はいずれ欧米露の植民地決定、大地震で江戸潰滅で外国借金し財政破綻&保護領。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 11:24:11
18代将軍 徳川恒孝
首席老中 安部晋三

24 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/04/19(木) 21:47:51
幕閣は今の議員で固まるのかな。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 06:55:50
イギリス、アメリカ、フランス、ロシア、
どこに徳川幕府は屈服して植民地かね、江戸大地震で財政破綻だし。
それともドイツ帝国&オーストリアハンガリー帝国の共同保護領?
安心汁、ドイツ東方艦隊&ドイツ日本駐留軍が、徳川幕府を守ってやるから安心汁。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 09:23:00
>>23-24
普通に貴族院議長で名目的な代表者で

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 23:17:06
何だかんだいって徳川幕府でも近代化には成功してたと思ふ

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 10:03:10
最後頃の幕臣って結構優秀だからね
あとは諸藩から有能な人材を出してもらえば
おのずと近代化すると おいらも思う

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 21:13:59
そうするとイギリスの変わりにフランスが同盟国になるのか

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 23:58:22
じゃあ学校でフランス語習っていたかもね

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 11:11:46
そうなるとフランスとロシアの関係が微妙だな

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 08:15:45
徳川幕府が続いて近代化した場合は、むしろ欧州見たいに、陸軍、海軍、は武士しか将校、士官になれない。
農工商が平民に統一されても兵士や下士官止まりと言う感じで欧州諸国見たいに20世紀初等まで身分制の名残を引き摺るから。
史実のWW1かWW2辺りで革命が起きたか、むしろイギリスに似た感じの発展も考えられる。
武士がイギリスの貴族と上級商人と資本家がジェントリー。
農民と下級商人と職人がイギリスの農民&労働者と言う感じで階級が残ってるし。
労働者組合は、イギリス見たいに資本家、武士と対立して階級闘争、戦闘的になるから、社会主義共産主義が史実より日本に浸透して、社会主義革命が発生して徳川幕府が倒されて、共産主義国家になる可能性もある。


33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 14:04:32
意外と江戸時代の身分制度って 曖昧な部分があるんだよね
当然権門とか老臣とかは 秩序を守ろうとするけど
農民が郷士 郷士が藩士などはよくある話しだし
優秀な商家の息子が 武家になったり 緊急時でなくてもいろいろある

革命が起こるのはもう少し強権的な国じゃないかなと思う

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 21:27:17
徳川幕府が続いた場合、軍はあくまで武士が中心で
近代化を進めようとする人材が少数派である以上
仮に徴兵制が実施されたとしても、軍の近代化は史実ほど進まない、
植民地化して弱体化した清にはかろうじて勝ったとしても
国が乱れているとはいえ、強大な軍事力を持ったロシアには
圧倒的な敗北で日本は列強の餌食になっていく、
列強の言いなりになる、幕府に対して、諸藩は不満を抱き
討幕運動が始まり江戸城開城で、大正維新が成功する
その後は、急速近代化を進めるが外交問題は史実より困難である為
60年くらいの遅れが出て、今頃は太平洋を舞台にした
日米戦争の真っ最中であるのではないだろうか
いずれにせよ、年代の差は出るものの日本はアメリカに負け
60年程度の遅れで史実を進むのだろう・・・
と言うことは、僕は太平洋の戦場で玉砕か特攻でアメリカ艦隊に突っ込むのか?
いや、戦争が大きくなる前にブッシュがイラクではなく日本に色々イチャモンをつけて
今のイラクの状態かもしれない


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 10:01:32
きっと半島には進出しないし、清国との戦争もしないと思う
問題は攻め掛けて来る国があるかどうか

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 08:50:41
徳川幕府が残った場合多分、史実のイタリアみたいな日和見外交で生き残るしない。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/07(月) 11:05:56
外交は大昔から不得手だから=日本人
勝海舟あたりの心意気が他国に通じればいいが

38 :平山貴士:2007/06/19(火) 01:38:19
大阪が首都になってました。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 12:08:54
Yahoo!Tokugawa!? Yahoo!Edo!?


40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 09:42:32
>>38
天皇を敬して近づかずならそれがいいかも

41 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2007/07/08(日) 23:58:05
>>35
千島・樺太交換条約を締結するでしょうし、多分沖縄は併合するでしょうが、
台湾まで行くか、怪しいですね。
軍備も経済も人口も領土もそこそこ、しかし今の日本よりは主権に対する意
識がある国。

着物や儀礼はどうでしょうね。相変わらず、100年前や200年前の先例
通りに行うような体制であれば、今よりは定着していそうですが。
武家や公家の出仕時の服装、呼び出しに応じた百姓の正装は和服の筈。

以下の政策もなくなるので、信仰風景はかなり変わりそうです。
逆にいえば、現代が江戸時代から変わり過ぎているわけですが。
・神仏分離・・・明治初年以降、本地垂迹説以下の習合を廃止
・神社合祀・・・明治末年以降、神社を一村一社に統廃合し、10分の1に減少させる
・祭神改変・・・昭和16年、国体にそぐわない祭神を改めるよう布告

多分アメリカとの戦争もないでしょうし、神仏分離や神社合祀がなくなった
ことと合わせて、史料も今より残されるでしょう。

42 :名無しんぼ@お腹いっぱい:2007/07/09(月) 15:12:11
第一次、二次大戦には参戦するのかね
英国の言いなりで幕府海軍を派兵しそうな気はする

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/10(火) 13:27:02
大陸への野望がなければ、第一次大戦に参戦する意味がないような
第二次…東アジアに独領あったけ?

>>41
動きやすさから現代になると洋装が浸透してるでしょうね
ハレは和装ですか

44 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2007/07/11(水) 00:47:10
軍服は洋服でしょうね。幕末に一部そうなっていた。歩き方も変わりましょうね。
馬に乗るのが与力以上だけではなくなる。
某仮想戦記小説では、幕府の続いている20世紀日本の軍艦は、やたら意匠がこ
っており、和風の飾りが目立っていたことになっていました。
秀吉が朝鮮出兵の際に飾らせた戦船のようなものですかね。

そういえば、肝心なことを忘れていました。
高層ビルから江戸城や大名屋敷を見下ろすことを許可したり、大名や旗本の
屋敷を一箇所に限定したりしないと、土地が足りなくなります。
卒族になった同心の屋敷でも70〜80坪、士族になった与力の屋敷にもな
ると、500〜600坪にもなりましたからね。
大大名の江戸屋敷だと、下屋敷だけで5000坪を超えた。
与力の場合、普通の町人ではなく、医者や儒者に間借りさせていましたが。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 04:46:03
内閣総辞職=内閣総切腹

46 :平山貴士:2007/08/06(月) 12:02:03
安倍は自分で腹も切れない無能力者なんだからサムライ失格だな。
後見人つける必要があるな。
最後は打ち首。

47 :平山貴士:2007/08/19(日) 23:30:16
とは言ってみたものの、これからを思うと哀れ。
森・小泉のツケ払わされたようなもんだからね。安倍は。
さて、もとに戻しますね。
重複しますが
大坂が首都になってました。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 10:58:34
徳川幕府が史実タイみたいな外交だけだと発展途上国、せめて史実イタリアくらいに近代化してから日和見外交で生き残れば弱小列強。
イタリア、スペインと同レベルくらいかな。
下手すると大正時代に社会主義革命が起こり、徳川幕府打倒後に共産主義国家の可能性有りだが。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 21:06:24
大老や老中幕閣が失脚しても、ハラまで切らなかった。
粛清された例は、田沼と水野くらいしか知らない。前者は濡衣だし後者は独走が過ぎた。
一万石まで落とされたが、タマまでとる粛清では無かった。浪人となる家臣は泣き寝入りしかなかったがね。
テロは別にして、まあ責任所在がしっかりした、日本史上稀に見る体制であったと思う。
薩長土肥が将軍家を滅ぼしたことで、朝鮮との外交が頓挫する。徳川を唯一日本全権と見なしていた李氏朝鮮はヘソを曲げる。
あと知恵だが、せめて慶喜を朝鮮特使に据えられなかったものか?
近代日本は、最初の近隣外交からつまづく事になったたたたたた・・・・ペンペン

これを逆にとって、朝鮮と良好な関係を保てたとする。
体制も中華思想も末期状態の清朝は放っといて、日朝近代化の道を往く。

身分制も揺らいでいた。いずれ徴兵制に踏み切らざるを得なかった。
危険義務は権利の均等を求める。緩やかな民主化が実現できたかも知れんね。
徳川幕府とて鬼ではなかった。老中阿部までは。外様大名との連携と富国強兵にいそしんでいた。
急転回とテロの嵐を呼び込んだ井伊大老が、も少し開明的であってくれたらの想定が好し。


50 :平山貴士:2007/08/21(火) 01:03:53
随分濃密な文・・・勉強になりますです。はい。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/31(金) 13:33:45
>>1
オレは小作農の3男坊として生まれ、すぐに間引かれるか、
もしかすると生まれてなかった。
この国がどうなろうが関係ない。

52 :平山貴士:2007/08/31(金) 23:57:04
国の事は知ったこっちゃないが、
自分自身に対してなげやりになるなよ。
とりあえず、この板をたててくれた事には感謝。
それだけでも生きててくれた価値はある。


53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 11:05:58
あのさ、徳川幕府が続いていたとしても、そもそも慶喜は憲法草案なる
ものを考えていた。それには、入れ札(選挙)でその国の当主を決める
もの・・すなわち、名前こそ将軍かもしれないけど実質は大統領制になって
議員も選挙によって選ばれる物になったと思う。むしろ、今のような
どろどろ金との癒着ってのが、もう少しない世界になってたかもしれん。
 軍はあったとおもうけどねぇ・・・。あんがい、太平洋戦争とか無かった
かもしれないな。 要は官軍の馬鹿たれどもが、血気盛んに幕府をほろぼして
不用意な人殺しをやってしまった人たちが作った国なのよ。今の世はさ。
最低だとおもう。官軍

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 13:15:33
徳川家の政策って鎖国の延長だろうから
海外進攻は考えづらいかな
どちらかと言うと一国平和主義…どこかで聞いたことがあるが

明治政府の朝鮮進出は太閤の施策と発想のもとは同じ
武力の捌け口さがし

55 :B@a:2007/09/10(月) 09:14:11
[映画 ベクシル]でググれカレー

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 20:28:11
徳川幕府の本当の癌は旗本八万騎であり、彼らの上に先進的な君主や宰相が居ても何もかわらないだろう。
その点農業や医者等兼業の下級武士が多い薩長が天下を取った事は大きい。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 11:07:35
朝軍に殆ど反抗しないところを見れば旗本八万旗は日和見というか従順というか
逆に言えば幕閣の改革に反抗するほどの気力もないでしょ

58 :ドン・ウーゴ ◆eaYqa3SeLE :2007/09/17(月) 23:09:51
自分じゃ何もしない癖に文句だけは一人前に叫び続ける厄介な抵抗勢力って多いじゃん

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/17(月) 23:24:13
特亜に稼ぎを横取りされる国にはならなかったな。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/19(水) 15:43:55
>>56
身分制度の事だろうと思うが、それは幕府だけの事ではない。
幕末期すでに旗本八万騎の体制は崩れており、幕府が新たに作ろうとしてた軍隊は
当時日本では最先端の徴寡兵主体の近代軍。
部隊指揮官レベルまでは能力主義が結構浸透していたが、幕府敗北の原因は司令官
クラスが身分制度に縛られ無能であった事。
もし幕府軍が勝利いれば、慶喜はその直轄近代軍を背景にし薩長以上に改革が進んだ
でしょう。


61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/19(水) 22:50:46
戊辰役戦史読み直してるが、鳥羽伏見あたりの幕軍高級指揮官のすっとこどっこい振りは確かに目も当てられん。
薩長に負けるような奴らに日ノ本の守りを任せるわけにはいかんよなあ。確かに。
衝鋒隊の古屋とか庄内の酒井玄蕃とか請西の林とか無論桑名の立見とか、現場指揮官レベルなら正真正銘の名将もいるんだが…

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 09:49:45
そうですね。
鳥羽伏見あたりは俺が司令官やっても負けなかったろうw
竹中重固あたりは知識も実戦経験も当時では一流だろうが、指揮ぶりは無茶苦茶。



63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/08(月) 22:37:23
下士官クラスが一番優秀なのは今も昔も変わらんのか

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/15(月) 20:06:47
ヨーロッパに習った軍隊は違うな。魅力を感じる。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/16(火) 23:14:22
まず江戸城はそのまま徳川のものだから、天皇は京都にいるまま
よって首都は京都で変わらず。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/18(木) 19:45:45
日和見外交で徳川幕府が生き残れるか、例え生き残ってもタイみたいな途上国の悪寒、技術力はオスマントルコ帝国より後進国だと昔のイギリスの世界史教科書の和訳本に書いてあった。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/18(木) 23:10:57
強権支配で無いと、あの時代は乗りきれなかったからねぇ。
竜馬の平和協調路線も捨て難いが、戊辰戦争って淘汰圧を
乗り越える必要があったかも。
東西どちらが勝つにせよ。


強権は別にして、徳川宗家を中央から遠ざけたのは悔やまれる。
対朝鮮代表部として、抜擢して欲しかった。
日本の近代外交は、のっけからつまづく事になる。


68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 00:44:49
ようは清帝国が大陸でロシア帝国を食止めてくれて、日本は清帝国、ロシア帝国双方と協調で極東は3国でバランスなら、イギリス、フランス、アメリカは文句は言わないだろう。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 15:46:09
清国がどれだけ大人になれるかによるんだけど

清国ー朝鮮ー日本のラインに英国が協調すればなんとかなるのじゃ

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/21(日) 00:42:43
だな、大陸国家の清帝国がロシア帝国の南下を食止めて、海洋国家の日本が海から支援なら史実より軍事費の負担が少なくて済みそうだがな。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/22(月) 09:10:15
天皇が江戸に来たから、東の京ってことで「東京」となったわけなんで、
江戸にこないとすれば、東京と改名することもなく、いまだに「江戸」のまま

したがって東京駅はなくて、江戸駅
しかもあんな丸の内ではなくて、もうちょっと別の場所に作られたことだろう
旧汐留駅(現シオサイト)がそのまま大ターミナル駅として今も続いてるんだろうか

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/22(月) 23:58:25
地下鉄丸の内線の「国会議事堂前」駅は、
「井伊家上屋敷前」駅だろうな、きっと

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/22(月) 23:59:23
紀尾井町はどうなるのやら

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 00:00:41
東京ドームは水戸藩のものでつ

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 00:02:41
エドドームだろ?

76 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2007/10/23(火) 15:52:05
江戸を東都と呼ぶことは、江戸時代から行われていましたね。
19世紀後半に対外意識から江戸を「東都」と改称して、「江戸は地名で東
都は機能の名称であるから、江戸は健在である」と言われるようになるやも。
東都電波塔、東都円形競技場、東都電影局、東都ミュウミュウとなる。

京都が已然都であるという説と同様、東京の地名は江戸のままだという説が、
実際に明治以降何度か口にされていますから。

77 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/10/24(水) 00:24:58
洛。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 09:36:24
お堀の上に高速道路を建設するなんてことは
まかりならんことだっただろう
それにお堀の埋めたても許可されなかっただろうから
今でもきっと東京駅(江戸駅か)の駅前にはお堀があったことだろう

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 20:49:19
世界から取り残されて列強の植民地だろ

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/28(日) 00:39:23
いや、幕臣がそのまま陸海軍になったであろうから、
軍事力は史実より上をいったにちがいない。
日露戦争ももっと軽々と済ましたであろう

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/28(日) 00:59:12
第三新江戸市

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/29(月) 18:12:18
日本で始めての軍隊は幕府歩兵隊

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/29(月) 23:13:48
江戸時代が続いても、拙者はニートで早漏。
そして自宅警備員改め自宅奉行。

そんな歴史ヒューマンドキュメント

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 03:53:04
>>80 無知のくせに藤沢さんバカにしすぎ
  兵器、人口、軍資金、どれをとっても
日露戦争で勝ったのは奇跡だから


85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 10:18:08
幕府というか徳川を中心とする政体がつづいてれば
日清戦争も 日露戦争もないってば
あるとすれば 清露戦争とか

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 12:49:30
神君家康の再来と呼ばれた慶喜。
頭が良すぎて江戸幕府終了。

ただ慶喜の判断は正しかった。
江戸幕府で世界とは戦えなかったろう。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 00:35:43
お召し列車が、皇室用と将軍用の2種類あって、

鉄ヲタには楽し〜い世界であろう。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 16:52:25
徳川幕府の場合日仏同盟は有りそうだな、その代わり日英同盟があるか、史実より共産主義や革命に弱くなるから、多分社会主義革命で徳川幕府廃止、徳川家一族は下手したら共産主義革命で殺されたかもな。
徳川家では天皇家ほどカリスマが無いし。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 16:56:39
多分第一次大戦頃に、国内困窮と大名達や徳川家に対する不満が爆発で革命が江戸、大坂で勃発、徳川将軍が大君退位、江戸に人民共和国樹立、こんな感じで革命だな。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 16:57:57
維新以後の天皇のカリスマ性は政府が作り上げたもんじゃないの?

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 17:02:45
山県らが考えた事だね

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 17:28:30
江戸末期というのは民衆レベルで不満が内在+幕府が組織疲労を起こしてたのかな?
単に、航海術の発達による外国勢力の接触(侵攻)に幕府が対処を取れなかっただけの気も。
もっと積極的に海外へ使節団でも派遣してゆるやかに開国を行っていけば・・・

と言ってみる。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 17:33:21
京都の情勢とか水戸の騒動を見ていると、押さえが利かなくなったとは思うけど
局地的で全体ではそれほど乱れていないと思うよ

ゆるやかな開国いいね

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 17:44:48
まあ、チャンスだったんだろうね。
特に波乱・混乱は、下にいる者にとっては・・・外国なんて実はどうでもよかったのかもw

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 20:22:29
逆に言えば維新が収集のつかない内乱状態になって長引いたら、それこそ外国勢力にとっては
ウマーだったのかも、

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/05(月) 13:27:59
そうすると維新最大の功臣は慶喜というのことに
これは洒落だが

結果的には内乱が長引かず 諸外国は手が出しづらかったとは 言えると思う

97 :B@a:2007/11/22(木) 08:06:22
[徳スポ速報]国会の鐘に謎の碑文発見
雄福  康田 (雄雄しく福与かなりて健康な田畑) 
三 晋部 安 (三人の晋族が部落を安らかにせり)

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 09:52:41
おいらのご先祖は、商人ながら帯刀をゆるされた郷士だそうだ。
農地もたくさんもってたようだし、
今よりよっぽど裕福な生活が約束されてたろう。
若旦那とか言われて芸者にモテたかもな。
妄想はつきない。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 11:59:16
結節点が二つある。
井伊大老の強行政治、戊晋戦争での勝敗。
前者が無ければ、無血で緩かな国内改革。
後者で薩長が負ければ、疲労困廃した幕府の国土切り売り外交。

まぁ緩いっても、総武家抵抗勢力となって旧態依然の日本だろうが。総石高、総兵力を統合できれば良い。
欧州でも長く貴族階級が将校の供給源だったし、アメリカでもそれなりの家系がオブス=ノリッジを維持してる。
理想平等を鵜呑みにしすぎ、奇兵隊まで粛清し、百姓兵ばかりで苦戦するのは直後の西南戦争から。
日本の階級抗争は、21世紀まで後遺症を遺してる。理想が高すぎると、あんまイクナイとの教訓だね。


100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 21:45:27
100だよ〜ん。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/03(月) 00:36:48
なるほど、欧州の場合貴族=地主、資本家=農民、労働者、だしな、日本の士農工商からどう欧州式の身分階級に再編成と改革するかが課題だな。史実の理想論に騙されて福沢諭吉先生も欧州北米の現実を読めなかった訳か。
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず=マルクス&エンゲルス主義者の主張だなおい=福沢諭吉先生の理想社会があの悪名高いソビエト型社会主義だからな。
ロシア帝国を手本に出来ないかなあそこくらいなら改革は少なく済みそうな感じだがな。

102 :進一 ◆YD3Y7Y6hlQ :2007/12/03(月) 18:29:59
ぬるぽ

103 :B@a:2007/12/05(水) 21:34:35
皇幕合作...もといガッ!!策で攘夷達成!

104 :平山貴士:2007/12/11(火) 03:33:10
徳川宗家は減封前の領地なら
ドイツのプロイセン、イタリアのサルジニア(だったかな?)
ぐらいの存在だったと思う
雄藩連合をそのまましてたら
プロイセンやサルジニアと同じ運命だったろう
国情も似てるし
ただ第二次世界大戦であぼーんだろうが・・・

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 19:09:26
俺が将軍の地位に君臨していたことは間違いあるまい

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 00:10:15
リベラルな社会になってたと思う


107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 14:05:04
なんとなくだが オレもそう思う。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 01:05:09
江戸時代の実質一人当たりのGDPの表をみたけどやはりロシア帝国とどっこいで世界平均並みでやはり停滞してたよ、オランダ、イギリス、イタリア、ドイツ、フランス、アメリカは一人当たりでも経済が成長していて豊かになり差が付いてたよ。

しかも幕末に経済が後退してロシア帝国の農奴よりも一人当たりのGDPで下回った、韓国や中国みたいにさ。
結局日本が一人当たりGDPが世界平均を上回る経済発展を始めたのは第一次世界大戦からテイクオフジャマイカ。
つまり日本の百姓=帝政ロシアの農奴だろが貧困や重税とかでさ、いいなあイギリスやフランスは戦争しても経済発展して1人当たりのGDPが成長して日本やロシアより豊かになってさ。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 11:07:44
将軍家が皇族みたいな地位になってるだろうな。
天皇は京都で細々とした暮らしで徳川家は政財界すべて
にわたり血族で独占している社会。
で軍政については侍がそのまま軍隊や警察や役人に以降するので
軍人はチョンマゲ、日本刀の帯刀って姿がかなり続くだろう。

徳川ってのは基本的に内向きの政治だから
外国に対する宣戦てのはないから大陸侵略もなかっただろう。
よって千島、樺太の大部分は日本領って感じだな。
現在まで歴史上無敗の国家って誇れていただろう。


110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/28(金) 21:43:59
植民地決定、途上国

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 15:09:01
強力政府

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/13(日) 04:27:07
精神的皇帝=平成天皇
世俗的皇帝=徳川恒孝
首相=松平(前橋藩)
■第一副首相=福田康夫第一副首相付側用人=町村信孝

■国防相=池田(因州)
国防省第一次官=石破

■財務相=徳川(水戸)
財務省第一次官=額賀福志郎
■外相=毛利
外務省第一次官=高村正彦
■厚労相=黒田
厚労省第一次官=舛添要一
■司法相=有馬(久留米)
司法省第一次官=鳩山邦夫
■文科相=酒井(姫路)
文科省第一次官=渡海喜三郎

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/13(日) 18:17:04
平○天皇ってww無知蒙昧とはこのことだな

114 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2008/01/13(日) 19:25:25
む、血も旨い。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/13(日) 22:08:27
申し訳ありません。今上天皇でした

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/16(水) 16:06:29
途上国、最後は共産主義革命か植民地化で徳川幕府滅亡。
現在も社会主義カルトニダニダホルホル発展途上国

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/20(日) 18:13:00
>>99
イフが許されるなら、その前に鳥居甲斐守をなんとかする。

水野忠邦自身は海防にも相応の理解があったけど、
偏執カルトの鳥居がでっち上げで尚歯会叩き潰して新技術を壊滅に追い込んだ。
史実では黒船来航後老中首座の阿部正弘が急遽家柄よりも実力優先で外交、国防の新部門を編成したけど、
混乱の中一橋・紀州の抗争に巻き込まれて、実務者として有能な一橋派に関わりが深かったために
それら「革新奉行」は結局井伊直弼に壊滅させられる。
鳥居がいなければ水野、阿部政権でもっと層の厚い国防外交部門を築いていた筈。

鳥居は尚歯会を壊滅させて幕府の技術導入に致命的な遅延をもたらし、
優れた民政家だった矢部駿河守も事実上「殺した」
矢部や遠山みたいな優れた民政家であれば、水野忠邦の倹約政策を精神論的なものとして
実務として無意味な怨嗟は避けていた。

実現困難だったとは言え、当時の国防上重要だった上知令について、
鳥居の場合最後の最後で掌返しだから最悪。
それで失脚して後に一瞬だけ復帰した水野に百倍返しされたけど遅すぎた。
追放で大名預けになっても、明治維新で釈放されて自分の追放がなければ徳川幕府は存続したって吹いてる
元気な爺いだったって言うしな。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/02(土) 21:40:39
朝廷を幕府の組織に組み入れる

119 :名無しさん:2008/02/14(木) 15:51:17
江戸幕府が続いていたら今頃ゆかただろうな〜

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/08(土) 08:11:48
良スレ

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/08(土) 19:04:53
関連スレ
江戸幕府が今も続いていたら・・・・
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/army/1196226852/
もし江戸幕府が今も続いていたら・・・
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1122207774/

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/03(火) 23:00:05
交易の窓口を長崎などに絞り、諸外国との交わりを極端に制限していた徳川政権下の日本。
しかし当時の欧米列強の間では、ロシア、中国、トルコ、神聖ローマ帝国などと並ぶ
「世界の七帝国」の一つとして認識されていたらしいことが、東北大の
平川新教授(日本近世史)の研究で明らかになった。

「七帝国」に関する記述があるのは、蘭学者・桂川甫周が1794(寛政6)年に
編集した『北槎聞略(ほくさぶんりゃく)』だ。
10年のロシア生活の後、1792年に日本に送り返された漂流民・大黒屋光太夫への
聞き取りなどを基にまとめられた本で、光太夫がペテルブルクで聞いた情報として、
「帝号を称する国をイムペラトルスコイといい、王爵の国をコロレプスツウといふ。
(中略)帝号を称する国僅(わずか)に七国にて、皇朝其一(そのひとつ)に居る」
というくだりが出てくる。漂流民の歴史に詳しい平川教授が確認、
先頃開かれた研究者向けのセミナーで発表した。

「帝号を称する国」とは帝国、「王爵の国」とは王国のこと。ここで
「帝号を称する(略)僅に七国」と書かれた日本以外の国々は、
ムガール帝国(インド)、ロシアなどといった大国ぞろいである。

では、「帝国」と「王国」はどう違うのか。蘭学者・山村才助は『訂正増訳采覧異言』(1803年)で、
「威徳隆盛にして諸邦を臣服する大国」のことを「帝国」と呼んでいる。
つまり複数の王国を支配する国というわけだ。

2008年06月03日12時18分 朝日新聞
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200806030124.html
18世紀にアムステルダムで発行された「日本図」。欄外に「EMPIRE」の文字が見える
http://www.asahi.com/culture/news_culture/images/TKY200806030120.jpg

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/03(火) 23:00:34
平川教授によると、16世紀以降、来日した宣教師らによって、戦国大名が割拠し、
分国を支配する日本の姿はヨーロッパに逐一報告されていた。徳川幕府が成立すると、
それら「諸王」(大名)に君臨し、統括する幕府の将軍を「皇帝」とみなし、
皇帝が治める日本を「帝国」とする見方が強まる。1785年に太平洋を
探検したフランスのラペルーズの航海記にも日本が「帝国」と書かれている。

当時、列強の間では、「帝国」は「王国」より上の最上級の国家とみなされた。
大黒屋光太夫も、ロシアでの経験として、「王国の民だと言っても誰もとりあってくれないが、
私の国は帝国だというと皆、上座を譲ってくれた」と語ったとされる。

光太夫はロシア滞在中に、7回もエカテリーナ女帝に召し出されるなど、非常な厚遇を受けた。
「これまでその理由がよくわからなかったが、彼が帝国の臣民とみなされたから
だと考えれば納得がいく」と平川教授は語る。

「日本が中国と並ぶ世界の帝国の一つという考え方は、ロシアから帰国した大黒屋光太夫や
石巻の若宮丸漂流民などによって伝えられ、19世紀には知識人の間にかなり広がっていた。
漂流民がもたらした異国情報が、当時の人々の日本という国に対する自己認識の形成に
大きな影響を与えた可能性もあるのでは」

菊池勇夫・宮城学院女子大教授(日本近世史)は「帝政ロシアが徳川日本を同等の帝国と
認識していたとの指摘は重要だ。これを機に、世界史の中での近世日本をめぐる
議論が活発になることを期待したい」と話している。(宮代栄一) (終)

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 00:10:24
>ロシア、中国、トルコ、神聖ローマ帝国などと並ぶ
>「世界の七帝国」の一つとして認識されていたらしい

ドイツ、ロシア、トルコ、インド、中国、そして日本。
あと一国はどこなんだ?
きちんと書いてくれ

>当時、列強の間では、「帝国」は「王国」より上の最上級の国家とみなされた

実際はドイツにしろ、ロシアにしろ、英仏から見れば「遅れた国」とみなされ
ていたけどね。ヨーロッパで帝国といえば「ローマ帝国」。しかし、実際に
帝国を名乗っている独、露、土は、自分たちはローマの後継者だと主張してい
るが、周囲の認識は今言ったとおり
中、印、土は恐れられていたが、自分たちより上とは思っていなかったろうな

朝日の記事は時々こういった中途半端なものがある

日本は天皇がいるから帝国だろうけどね
まあ江戸時代のすべての人々が将軍の上に天皇がいるのを知っていたわけでは
ないが、
光太夫も伊勢出身だからね
それに当時ロシアは日本との交流を熱望していた
日本難民を教授にした日本語学校まで作ったくらいだから、光太夫のような
ある程度のインテリをもてなすのは、ある意味当然だわな

どうもセンセーショナルをねらって、一部肥大した書き方をしているな、この
記事は

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 06:54:24
世界の七帝国の残りひとつは大英帝国じゃないかな?

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 13:26:06
第一次大戦までは幕府のままで改革していってもいけたと思うが。
欧州の実態もそれに近いんでないか?(欧州でそのような体制が揺るいだのは
第一次大戦後)軍も技術系中心に貴族以外からの将校やさらに上級への登用
が行われるようになった(航空機や機械化のため) 社会的にも普通選挙や
社会保障体制が整備されはじめた。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 23:36:08
天保期に方向転換をしていれば126の言うようにWWTまではいけたかも
技術の吸収はできるけど(幕末の海軍のように)、意識の変革はなかなかできな
い(幕府陸軍のように)から、どうしても若い世代を教育してゆくしかない
幕末の海軍テクノラートたちも、壮年からの勉強でかなり苦しみ、かつ成果を
出したけれど、明治に英国式になったら「オールドタイプ」として干された
からね
そう考えると天保が下限かな
この頃にオランダの進言を容れて、むしろ一歩進んで教育制度も(武家、また
は幕臣限定となろうが)改革しておかないと
そう考えるとやはり鳥居甲斐様が厄介ですな

>>125
英国が「帝国」となったのはビクトリア女王がインド皇帝となったときで、
その時はムガル帝国は消滅していたから無理だよ
多分ペルシャ(ガージャール朝)だと思う
この国もドイツ同様「強国」とはいえないけどね

128 :八束義昭:2008/06/11(水) 13:42:07
八束義昭は起工業高校から転勤した

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 11:04:48
薩摩、長州は反逆者

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/15(金) 07:20:30
身分制度廃止は絶対によーやらんと思う。

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