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ベトナム戦争

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 00:54:48
アメリカを蹴散らし、
中国をも蹴散らす。
この強さは、ベトナム人の国民性が影響しているのか。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 00:59:42
ホーチミンが孫子を会得していたから

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 10:40:17
チョンが虐殺レイプと蛮行のかぎりを尽くした

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 20:45:19
勘違いしているようだが
北ベトナム軍は戦場ではアメリカ軍に常に負けていた

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 22:17:55
まあ北軍あいての正規戦が全てではないからね。
ケーキのイチゴみたいなもので農村のゲリラ戦こそ本体。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 22:40:21
勘違いしているようだが
漢軍は戦場では楚軍に常に負けていた

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 22:50:28
アメリカは圧倒的軍事力で大打撃を与え、
北ベトナム政府を和平交渉の席に引きずり出しベトナムからの撤兵を目的としていた

一方、北ベトナムは南にアメリカ軍がいる限り何れは敗北するとの分析から
アメリカ軍に打撃を与えて撤兵させる事を目的としていた


はかの行かぬ戦をしたものよなぁ・・・

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 00:03:39
ベトナム戦争に関しては
北ベトナムの勝利というよりは
マスコミの偏向報道の勝利という気がしてならない

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 00:23:35
政府軍が脱走兵だしまくりのヘタレだったから

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 06:50:56
>>8
現実にベトナムで死んだアメリカ人の若者の遺体があるわけで、
なんで南ベトナムなんかのためにアメリカ人が血を流さなきゃいけないんだ?
って世論が沸いたのは、マスコミ報道だけが原因ではなかろう。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 05:26:13
当時、従軍していたベトナム古老兵が言うには
米帝侵略に対抗する聖戦だとか
ベトナムの赤化を食い止める戦いだとか当人達は大して意識してなくて
同族同士の内戦という印象の方が強いらしい

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 09:28:56
政府軍は戦闘回避と脱走の印象が強い
全体の二割が脱走

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 10:35:58
政府軍なんて陸戦は駄目駄目で空軍頼りだろ。
立案された作戦を実際に実行する率も米軍より全然低かったしね。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/25(日) 02:48:14
ベトナム戦争の映画とか
アメリカの味方のベトナム軍なんて出て来ないよね

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/25(日) 12:38:14
1956年における政府軍人員は25万人であった。
士気の低下、武器横流し、背任 等の理由から
1957年には15万人に削減される。

1960年公称では兵力24.3万人と称していた。マクナマラ元国防長官によれば
1961年ランズデール報告の提案を受け政府軍人員を15万人→17万人に増強したとする。

1959年ジエムにより一〇/五九法制定、旧ベトミン分子弾圧を激化させる。
1960年には民族解放戦線結成されたが
米推計によれば一年足らずで解放戦線は四倍増し30万人に拡大した。
また、これらの人々のほとんど全ては南部農村のベトミンと同調者であったとする。





16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 14:07:01
抗仏戦争後の農村の9割はベトミン勢力下

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/28(水) 09:34:16
1960年で解放戦線30万人なら戦中はもっといるはずなんだが
MACVの公式推定値は北軍と解放戦線あわせても上限30万人を超えないように
内部で調整してたんだよね。
戦後何年かたってからウェストモーランドが部下やCIA職員にテレビで告発されて公になったけど。
特に解放戦線の非正規民兵部門だけで約20万人割り引いていた。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/29(木) 22:22:25
MACVの発表はあまりあてにならない

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/03(火) 21:47:28
ベトナムの農村は古くは村議会が合議制で運営していたが
ベトミンに実権を握られないようにするため
ジエム政権は中央が任命した人物を村長に派遣し村議会を廃止した。
新村長の多くはカトリック教徒だった。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 09:40:35
民兵っても半農半兵のパートタイマーみたいなのは把握するのが難しいだろう

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/10(木) 23:55:38
半農半兵ならスパイとみなされて殺されても仕方ないんでは

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 00:02:03
ハーグ陸戦協定によればターンしてもおk

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 18:43:08
解放戦線あげ

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 18:44:32
あがってないし

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 01:03:10
そういえば昔、ベトナムにおいてアメリカ兵の平均年齢は19歳だったて歌があったなあ

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 01:05:16
http://www.youtube.com/watch?v=byCCmBwRjGw

探したらようつべにあった

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 12:46:24
ベトナムを植民地にしてた日本が最強?

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 16:57:26
米を強制徴発しベトナム人100万人を餓死に至らしめた日本が最凶

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 21:46:15
知らなかったけど人力鉄道の歴史サイトがあった。
http://www.kk-net.com/~tabuchi/JINSHA.htm


30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 21:53:49
>>29
おいコラ!良民票見せろ

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 10:42:48
日本って支配していたのはわずか4年だが、悪事はフランス支配時代以上の事し
たんだね

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 11:37:37
日本左翼は混迷するベトナム戦争を終結させた

http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1182738965/l50



33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 13:42:23
小林よしのり著『平成攘夷論』はおもしろいぞ
コヴァは嫌いでも、とりあえず読め!
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093890587/


34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/23(月) 12:38:45
>>28
1945年に日本が餓死させたのは100万人でなくて200万人だよ
ホーチミン市の博物館行ってみな
これを独立を援助したとか、白人から解放したとか言う日本人はほんと脳天気越
して凶悪だな

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 12:01:49
勝因は枯葉剤だな

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 20:59:26
やっぱ、情報戦で米国負けたの?

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 21:15:04
戦場においての情報戦ではアメリカは圧倒的優位
戦場外においてのプロパガンダ戦に敗北

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 23:13:51
なるへそ

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 01:22:19
>>34
開放した事実は間違いないわけだろ?
神州日本がな、欧米に立ち向かわなかったら
ベトナムなんていまだにフランス人から家畜扱いされたままだったかもしれんよ

精強無比の帝国陸軍が仏軍を一掃して、終戦後に大量の重火器を残したからこそ
独立を成し得たんだよ
ふざけたこと抜かすと、ぶちまわすぞ

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/16(火) 21:45:54
>>15
>>17

1960年時点米推計でも実際の頭数は二倍近くで解放戦線>政府軍。
政府軍の公称と公式発表はだいぶサバ読んでいたようだけど。



41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/16(火) 22:30:35
Paul Hardcastle - Nineteen
ユーチューブで久しぶりに聞いたが
当時よりリアルに感じる・・・・
アメリカはやっぱ怖い国だな。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/20(土) 08:54:24
http://jp.youtube.com/watch?v=VgCVS2mHe0Q

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/20(日) 15:06:15
政府軍って年間平均1万とか2万人しか死んでないんだよね。
戦争中のトータルでも22万しか死んでない。

公称90万とか100万人とか称していたのに年間1万2万の死で負けるってのは変なんだが
実勢は公称数字の何分の一かだったのだろう。
実際の戦力数はかなり低かったのかもしれない。


44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/05(火) 00:25:12
東アジアnews+板
【朝日新聞】ベトナム戦争−韓国 軍も企業もベトナム参戦[01/29]
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1201788723/
http://pict.or.tp/img/39679.jpg


45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/05(火) 09:12:43
1957 政府軍25万→15万に削減 (マクナマラ)
1960 解放戦線30万人  (米推計数 ベトナム秘密報告)
1961 政府軍15→17万人 (公称24.3万人)

なお抗仏戦争後、仏推計で南ベトナムの農村の9割はベトミン勢力下にあった

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 12:03:25
政府軍 1967年4月 公式値

正規軍 28.3万
海軍 1.6万人
海兵  7100
空軍  1.5万
地方軍 14.2万
民兵 14万2500
CIDG 3万1500
国家警察 6万3500
青年警備隊 2万

T/L 72.1万

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 22:49:10
CIDGは少数民族から徴兵したが南ベトナム特殊部隊とよく衝突していた
特に大規模なのは64年9月20日 と65年7月29日 12月18日の反乱で
複数省で政府軍特殊部隊基地を占拠、それぞれ数百人単位の死傷者を出した
んで結局70年には政府軍に統合されてしまった

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 01:23:54
CIDGは後方の民間人入れると最盛期80の基地で8万人が
傘下に入ってたもよう(「NAM」)
規模的には100万ちかい数十の少数諸民族のうち一割程度を傘下に入れて
それもゴタゴタして途中で終わってしまったという感じだ

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/28(金) 01:07:42
MACV公式発表値なんてだいぶ水増ししているだろう

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 03:56:36
リンドン!リンドン!

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 06:28:43
ベトナムがアメリカに勝ったのは辻のおかげである。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 11:11:49
サイジー自体も元々強制徴募なんでよく基地で反乱してキン族政府軍部隊と衝突して
その度にベトコン側かカンボジア側に集団脱走を起こしたりしていた。

64年9月の反乱では7基地とプレイク、ダラク、クァンダクで反乱してキン族からの独立を公に要求した。
その頃にはカンボジアが介入して一部を取り込んでフルロと名乗らせていた。
戦後もしばらくフルロの残党数千人がキン族の入植に反発してカンボジアから抵抗してた。


53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 17:50:21
自衛官がベトナム戦争に参加したという噂は本当ですか?

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/25(金) 13:09:32
http://jp.youtube.com/watch?v=0qLHfI12ugY

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/08(木) 22:07:49
その昔ラオスで化学兵器黄色い雨とかいってサンプル調べたらただの蜜蜂の糞だったとかいう話があったがあれどいなったん?

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/09(金) 12:34:02
ある種の蜜蜂は群生飛行中に集団で糞を飛ばします。
東南アジアの他にインド・中国・イエメンなどで観測されている。
マンゴー、ココナツの花粉で黄色いとか黄緑になるという。

インドの町に蜜蜂の糞の色つき雨が降り一時パニックに↓
Newscientist記事
Green rain over India evokes memories of cold war paranoia
http://www.newscientist.com/article/mg17423481.500.html 
ABC NewsONLINE 2002/6/13
http://www.abc.net.au/news/scitech/2002/06/item20020611234919_1.htm 
Bee droppings stain Indian rain green, yellow


57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 12:39:52
>>55
80年代タイ・ラオス国境で小競り合いしてた時に一時期大々的にキャンペーンされていた
最初政府委託の民間機関で植物につくカビ系毒素が通常濃度の数十倍で検出、と発表されたが
分析精度を上げて他施設で検査したら普通のカビ率程度のものがいくつかあった程度で
その後イェール大で蜂の糞と判定された

んで83年までにイェール、ハーバード大などで全サンプル100点以上を検査したところ
全サンプルからあまさず蜂糞糞と蜂の消化酵素で内部が空洞になった花粉が検出された
実際には英米の政府系機関では一度も毒素を検出できていなかった
これ80年代のサイエンスジャーナルあたりの科学誌で何度も特集されてる

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/11(日) 13:00:16
>>34
餓死者はフランスの調査では60万人になってるらしい

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/14(水) 22:30:28
>>58
ベトナム政府に言いなよ
一蹴されるだけだ

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/16(金) 11:06:29
>>57ヘイグが報告してた証言とか医学サンプルは?

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/16(金) 21:08:34
血液や尿サンプルも英のポートンダウンの政府系研究室で再検されたが毒素が検出できなかった
1986/May/29 Nature誌
ttp://www.nature.com/nature/journal/v321/n6069/pdf/321459b0.pdf

医学サンプルといっても最終的にも20か30人かそこらしか集っておらず
科学誌の論調では不衛生なとこで蜂糞カビのついた物を食うかそれで体拭くかして
病気になった件に尾ヒレがつけられたんではという感じ。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/16(金) 21:27:03
>>28>>34
餓死者は日本軍の米独占だけでなく連合軍が鉄道港湾爆撃して南部の余剰米を
北部に送れなくしたのもあったんでない?

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/17(土) 00:15:00
>>61 ありがと。当時の科学雑誌に結構ありますね

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 11:18:13
>>17
解放戦線30万といっても63年頃までは北からの本格的な輸送が無くて
銃器装備が不足して大半はロクに武装してなかった。
逆に言ったら武器装備さえあればいつでも戦闘員を拡充できる状態だったんだよ。
支配地域の大半を米側に取られる67年末くらいまでは。

65 :黒崎恵:2008/05/20(火) 18:34:08



66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 00:30:32
cruel war- peter, paul, and mary
http://jp.youtube.com/watch?v=kZxY2Mio8HM&fmt=18

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/24(土) 22:47:34
反戦歌か

68 :こいずみ:2008/05/25(日) 04:26:05

大東亜戦争を続ける国の国旗

http://japansconspiracy.hp.infoseek.co.jp/02/p001.html#page9


69 :B@a:2008/05/29(木) 06:58:57
小林源文「CAT-SHIT」シリーズを詠めば?

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 11:07:40
捕獲武器に共産国製が目立ち始めたのは1963,4年

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 23:24:34
1965年 米国国務省報告による北からの潜入者数

1959〜60 4500人
1961    5400人
1962    12400人
1963    7400人
1964    7400人

計    37100人

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 21:46:19
↑は確認数に推定数を加算した数字だよ

1965年までは北からの潜入者といっても大部分がジュネーブ協定時に北上したベトミン10万人であり
北出身者の軍隊が本格的に南下を開始したのは、ドラン渓谷の戦いで米軍が本格的に介入してから。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/16(月) 12:31:28
抵抗力と支配力は別物

74 :月読:2008/07/11(金) 18:50:20



75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/11(月) 12:25:22
解放戦線の規模に北からの武器の補給が追いついていなかったという事は
1966年11月時点の共産軍死者のうち六分の一しか武器を確認できなかったという
米国防省の報告で裏付けられる

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