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戦術で戦略を突き崩した偉人

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 21:57:00
戦略>戦術
だと思うが、逆をやってのけた偉人を晒してくれ。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 23:17:10
金日正

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 23:24:22
アレクサンドロスじゃない?
あとはチンギスハンとか?
コステロとかも?

あんまり浮かばないなあ・・・

日本だと義経かな

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/09(月) 02:29:27
官渡の戦において、局地戦の勝利を繋いで戦略的敗北を覆した曹操

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/11(水) 05:45:55
普通なら物理的に無理な気がする。
交通違反で道路交通法を変えようとするようなもんだし。
しかし機甲部隊や戦闘機みたいな革新的な兵器がでてきた状況がそうなのかな。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/11(水) 13:48:38
フス戦争ぐらいだろ

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/11(水) 21:00:58
アムロ・レイ

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 23:09:47
ハンニバル

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 20:42:14
普通に桶狭間

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 20:45:42
与野党総朝鮮人
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/yotoyato.htm


11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 21:47:55
>>7
一年戦争は、ジオンは地球連邦の物量に負けたのであって、
アムロのおかげではない。
アニメで最強なのは宇宙戦艦ヤマトのクルー達だと思われる。
戦略も糞もない。戦艦一隻で何万光年も離れた
星間国家に勝利したしな。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 23:55:05
上杉謙信

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 15:51:33
楠木正成たん

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 15:59:04
>>11
ジュドー=アーシタ

ネオジオン一人で壊滅w

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 08:35:50
>>14
謝れ!グレミーに謝れ!(AAry)
マジレスすまんかった

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 08:36:44
そしてさらに下げ忘れた

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 09:17:38
戦争の決着自体はハマーンとグレミーの同士討ちでもうついてる。
ジュドーがやったのはグレミーとハマーンを殺したことだけ、で良かったっけ?

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 13:21:56
漁夫の利とはこのことさ
第一次ネオジオン抗争=ネェル・アーガマ=ZZ

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 14:54:07
ガンダムは戦争をし過ぎだな。
もっと国力を貯めてから戦争をしろよ。ハマーンにしろシャアにしろ。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 16:59:02
貯める体力ないだろ>シャアジオン
戦艦六か七隻ぐらいしか持ってない、超のつく弱小国だから
隕石落としの奇策とファンネル使いで補ってる訳で
むしろシャアスゲーって感じだが
比べてデラーズはしょうもない

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 17:24:10
デラーズは、アクシズにつぐ第二の残兵を持ちながら、やったことが「ジオンの心意気を天下に見せつける」ことだったからな。

連邦から「見事な作戦」と言われたが、戦略的にはまるで意味がない。
当人達は宇宙市民を鼓舞したかったのだろうが単なる自慰行為

格好は良いが、三島由紀夫さんのように滅びるものの美しさだ。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 18:59:53
アクシズだって連邦内のティターンズとエゥーゴの内部争いで
殆ど共倒れといっていい状況になった間隙を付いて地球圏を占拠しただけで
圧倒的に手駒足りねーし、ほっとけば連邦は回復するしで
コロニー落としとかして、圧力外交で優位に立とうとしたりしてハマーン頑張ったのに


トト空気嫁

オッサン抱き込んで幼女並べて反乱起こして巨乳に殺されてお前一体何がしたいねんと小一時間

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 23:13:31
量産型ビグザム100機あれば
戦略を突き崩せると思われ。
1機で数十隻の戦艦を血祭りに上げることが出来る。
iフィールドは最強だ!
ビグザム護衛のモビルスーツは必要だがな。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 23:18:58
>>21
だからあんまり好きになれないんだよな、ガトーやデラーズ。


で、ここなんのスレだっけ……。
宇宙世紀を語るスレとか立てようか。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 00:12:32
宇宙世紀の韓信ことZのブライト

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 08:53:29
ビグザム量産ケテーイって時点で戦略として動いてないか?って話だが
オリジナルビグザムに戦局かえる力はなかったし
(あれの分類はなんだろう?ノイエは拠点防衛用と聞いたが)
戦術レベルから戦略レベルを覆せるのはターンシリーズ2対とDXだけだろう
補給いらないし

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 23:59:27
デラーズは結局ジャミトフの手のひらで踊ってただけだしな


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 15:11:29
斜線陣戦術のエパミノンダス

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 00:34:25
(#^ω^)ぬこを殺して楽しんでる馬鹿に一撃食らわせてやるぞ!!

http://tmp6.2ch.net/cat/
ただいま空爆中みんなの力を貸して欲しい

( ^ω^)b宣伝もよろしく

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 00:41:18
斜行戦術のフリードリヒ大王

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 07:55:57
昆陽で勝った光武帝

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 05:13:59
ガノタ死んでいいよ

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 09:02:35
>>1は悔しかろうがガンダムネタの方がスレは伸びたし面白かった

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 14:25:00
面白いのはおまえらだけだろ
隔離板に帰れクズ

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 19:53:54
圧倒的不利を克服したベトコンが最強。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 19:56:33
地球連邦は末期のソ連というのが俺の持論

絶対民主制⇒ソ連臭のする名称
硬直した官僚制⇒まさにソ連
人命軽視⇒同考えてもソ連

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 21:56:28
日独対ソ連だもん
ジオン対連邦

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 18:20:56
26
同感です。

戦術ねぇ・・・。
 局地的に買っても、続かない。
WW2の日本VS中国でいえば、
 日本の方が優勢で、重慶まであと一歩だったが、
 連合のインド・ビルマからの戦略的な中国支援と、日本本国の敗戦で終わりになった。

桶狭間も、鉄砲数千丁そろえ、その効果的な利用を考えた信長側の戦略眼の勝利だし。
 あえていば、テロかなぁ。
 WW1の引き金になった、オーストリアの王族殺害。
 火種はあったが、こういう一発は、戦略的?な戦争につながる。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 18:56:10
桶狭間が鉄砲数千丁ということは、信長軍のほぼ全員が鉄砲持ってた計算になるな

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/23(月) 22:33:30
>>38
桶狭間じゃなくて長篠の戦いじゃねえのか?

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 00:04:52
失礼した
長篠の戦いだった。
-----------訂正------------
26
同感です。

戦術ねぇ・・・。
 局地的に買っても、続かない。
WW2の日本VS中国でいえば、
 日本の方が優勢で、重慶まであと一歩だったが、
 連合のインド・ビルマからの戦略的な中国支援と、日本本国の敗戦で終わりになった。

長篠の戦い、鉄砲数千丁そろえ、その効果的な利用を考えた信長側の戦略眼の勝利だし。
 あえていば、テロかなぁ。
 WW1の引き金になった、オーストリアの王族殺害。
 火種はあったが、こういう一発は、戦略的?な戦争につながる。



42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 00:10:02
長篠はそもそも数的優位も戦略的優位も信長にあったと思うが

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 02:00:12
長篠は数と質をそろえた信長の戦略の勝利だね。

戦術でいえば、カルタゴのハンニバルのカンネーの戦いが有名だと思う。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%82%A8%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

あと、日露戦争の奉天会戦
日露戦争自体、日本のネバリ勝ちによるところが大きい。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 02:34:41
ハンニバルをここのスレで登場させるならば
ティキヌスとトレビアの戦いを引き合いに出したほうがいいような

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 23:29:27
ドイツ将校ですら関ヶ原の戦いは東軍が西軍に負けると予言してる
しかも ほぼ全ての人間がこの戦は長期間になると思っていた

それがたった1日の勝利がそのまま全体の勝利につながってしまった

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 23:34:55
かなり狭義になるけど西陵の陸抗はどうよ
自分が強化した重要拠点に自分が入らない&政情不安で内部崩壊

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 23:36:59
メッケルは布陣図見ただけで調略の様子とか個々の大名の立場とか
知らなかったんじゃね?

そもそもメッケルが本当にそんなこと言ったのか

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 00:52:33
どうせ司馬遼太郎だろ

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 10:41:51
>>43
それも、戦術的勝利が戦略的勝利に繋がらなかった一例じゃないの。
ローマは一貫してシチリア方面でカルタゴの勢力を遮断し
補給を許さなかった、という戦略を変えなかったわけだし。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 22:42:53
>>49
「戦略>戦術
だと思うが、逆をやってのけた偉人を晒してくれ。」
という定義だが、一時的にはある。

※カルタゴ
http://www1.cts.ne.jp/~fleet7/Museum/Muse052.html

あと、イクサじゃないが、
フン族の侵攻を思いとどませたレオ一世の交渉はすごいと思う。
いまとなっては話術なのか?政治力なのかわからないが。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%AA1%E4%B8%96_%28%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%99%E7%9A%87%29

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 23:10:30
織田信長の桶狭間の合戦だな・・・

戦略的には完全に負け戦だったのに
局地戦で偶然完全勝利を達成してしまった

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 23:12:45
>>50
あれフン族が攻め込める状況じゃなかったからって話もある
それにその前後にはローマ略奪されてるし

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 01:09:54
桶狭間は戦術で、今川の戦略くずしたかも

大将のクビとったら
情勢が変わったような話はあったような。




54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 02:22:06
大阪冬の陣も
実戦争では豊臣が優勢だったが、
大砲を打ち続けた家康が勝った。
南無阿弥陀仏

戦術よりも戦略だな。やっぱり。



55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 16:34:44
第二次ポエニ戦争は戦術的にはハンニバルに勝利を得られなかったローマが
戦略で勝利した 戦略>戦術 の好例だと思う。

これに対して1805年のナポレオンは対仏大同盟と言う戦略的不利を、
ウルムとアウステルリッツの二度にわたる戦術的勝利で覆した好例かな。


56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 00:43:50
この議論は二つの難しさがある
(1)勝利をどの時点で決めるかが難しい。
 戦術で一時期勝手も、戦略的に衰退する例が多い。
  ハンニバル

(2)戦術と戦略の境目が難しい
 単純なのは数
  数で負けたが、イクサで買った例は枚挙にいとまがない。
 しかし、数が少なくても勝てるような技を考える戦略を組織的に考えていたら、これは戦略か?


57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 01:35:19
国同士が抗争の末参ったって言わせる手段が戦略。
これには政治や外交手段も含まれることが多い。

WWUでドイツが編み出したブリッツクリークは戦略手段として考案されました。
実際、ポーランドやフランス戦では成功=戦略的手段として成り立ちましたが、
アフリカ戦や独ソ線では成功=戦略勝利には至っていません。

ブリッツクリークはこの時点で戦術手段に転落してしまうわけですね。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 08:46:52
すると浸透戦術も転落した戦術的手段?

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 13:43:32
「戦術的勝利は戦略的勝利に優先する」
とナポレオンがほざきながら、
命令を無視して撤退を拒否し勝利を続けて
英雄になりましたとさ

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 21:04:36
どんな戦争も戦略的要因があるから、
戦術で勝ったように見えても、
実は、こういう戦略があってね。
みたいな展開にならないとも限らない。

ナポレオンのアウステルリッツの戦いも、オーストリア・ロシア連合軍主力が兵力を結集しきる前に戦いを挑んだという、基本戦略がある。

大阪冬の陣の
真田幸村VS家康の戦いや、関が原の戦いは、
戦術の勝利よりも戦略の勝利が優先した典型かと思う。
こういうパターンは多い。

桶狭間は奇襲戦術で、今川の大軍をやぶったから、これは
戦略より戦術が優先したといえる。

あとは、日露戦争かなぁ。バルチック艦隊を破った日本海軍。
陸地でのねばり勝ち。
戦略的には日本軍が互角か、やや劣勢だったといえるかどうか。
ロシアに絶対に勝てると思った戦略があったかどうかは判定が難しい。

あと、赤壁の戦いは、どう分析する?

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 21:50:15
ガトリング家老

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 22:50:21
負けとる負けとる

63 :由田 ◆MAEDAxMYTY :2007/05/04(金) 00:15:19
関ヶ原の戦いはどうだろう。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 08:52:55
関ヶ原の戦いは
布陣は石田方の勝ち それまでの戦争では石田方が勝っていた。
 しかし、内通者つくったり、石田方の兵力を分散させた徳川の戦略勝ち。


65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 20:47:18
イラク戦争ではアメリカは戦術では成功したが
戦略は失敗だったな

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 12:35:06
イラク戦争では
もっとも甘い見通しをした参謀の意見を採用していた。



67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 22:30:41
ラムズフェルドは戦う前から相手の事を侮ってたからなぁ。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 22:34:36
どちらかというと、敵の戦力を潰すって事と治安を維持するって事の区別が決定的についていなかった気がする。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 22:42:55
まぁ、所詮は馬謖。所詮は机上の空論であった。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 22:59:21
ヤン・ウェンリーは?

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/06(日) 04:20:29
難しいね。

例えば「厳島の戦い」の毛利なんかも考えてみたが、劣勢を跳ね返したからと言って、戦術>戦略ではないと思うしね。
この場合、やはり毛利が戦略的にも上回っていたと思える。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/06(日) 11:05:22
北条氏康の川越夜戦なんかは?

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/07(月) 03:13:35
67
ラムズフェルドは、占領したらおしまい。石油利権ゲット!みたいにおもってたんだろうけど。
イラクって、宗教対立が激しくて、反米思想も強く、
民主主義で統治できるほど甘くはないところだった。
大戦略や三国志みたいなシュミレーションゲームじゃ、絶対味わえない現実。

三国志も、統一後、統治シナリオあったら、大変だろな。
 功臣の謀反やら、粛清やら、どの国任せるかとか・・・。選択肢が∞すぎてゲームにならない。
二元的に考えられる戦争よりも多次元的で複雑怪奇。

日本がWW2後、米軍に対する、蜂起やテロがなかった(と思える)のは、天皇がいたからだと思う。フセインをもっとうまく使えたらよかったのにと思われる。
米軍も彼なみに住民抑圧しないと統治できないことを知ってしまったのは、WW2後、日本が戦っていたロシア・中国とアメリカが戦うことになった展開に近い感じがする。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/07(月) 17:16:33
ガンダムオタクキモすぎ

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 01:45:36
ほしゅ

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 22:43:26
>>70
イゼルローン攻略→アムリッツア→同盟衰退
逆に突き崩しちゃったのでは

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 22:56:43
圧倒的に不利な状況を切り抜けたという意味では七年戦争かな
戦術で突き崩したというか、時々負けながらも頑張ってたら外交状況が運良く好転した感じだが

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 23:19:42
欧州では英国を味方につけると心強いなあ

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 01:27:23
保守

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 15:44:24
桶狭間では、義元の首級こそ挙げたものの、今川軍に巻き返されて信長軍は逃げ帰っている。
信長自身が討ち氏にする怖れも大きかった。
大将首を奪られたくらいでは怯まない、多弾頭化された今川家と所領に敵を引き込んだ織田家、
両家戦略は引き分け。わずかに信長の果断速攻が勝ち目を分けた。

長篠の合戦、三千丁の鉄砲の半分を武田支城の攻略に当てたため、馬柵前での武田軍壊滅ではなかった。
閑散とした戦場、当時の屏風画あり。支城陥落での戦意喪失。

上杉武田の諸衝突、戦国最大のヤラセとの説あり。謙信の一騎駆け、江戸時代に疑問の声上がる。

戦国英雄伝なるもの、後世サムライ政権と軍国主義の都合で、そーとー脚色されてるから
鵜呑みはキケン。


81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 00:03:31
分析、とてもおもしろく、読ませていただきました。
感謝します。



82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/23(水) 05:10:44
戦術と戦略の定義ってハッキリと別れているの?

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/23(水) 13:01:06
物量や政治状況で事前に敵を凌駕するのが戦略ではないかと

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/23(水) 15:34:50
>>82
分かれているかどうかは別にして
戦略は戦術よりも上位の概念である
とはいえるんじゃねーの。

まず、戦術決めてから戦略を考える
なんてことは無いわけだし。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/23(水) 23:33:43
戦略でまけてたけど、

戦術で逃げるぐらいはできるだろうな。

織田の朝倉攻略のとき、

朝倉・浅井が連合して襲い掛かってきた。
これは戦略の失敗。

でも、秀吉のがんばりもあり、撤退に成功したね。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/25(金) 12:55:45
戦術で戦略が負けたときは新しい戦略が生まれるときなんだろうな。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 01:39:57
naruhodo

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 22:39:37
戦略>>戦術の分かりやすい例として、川中島合戦第4回な

戦術で勝った謙信が前半押してたが、結局敗走してしまい北信濃攻略という
信玄の戦略勝ちに終わる。



逆に、戦術>>>戦略の分かりやすい例として、三方ヶ原合戦な

信玄来襲の際、家康と挟み撃ちにしようと考えた信長であったが
結局信玄の巧みな戦術によって家康はコテンパンにされ、信玄戦略
は失敗に終わるww




89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 21:10:59
戦略:格戦術を統一した目的と目標のために統合する総合的な計画
戦術:個別の戦闘における作戦

戦術が戦略より優位な場合とは、
絶対的不利を奇跡的勝利で切り抜けた場合とか
戦略的失敗で不利に陥ったのに、勝利した場合とか
戦略方針を無視して、戦闘を行い勝利し、
戦略そのものが戦術的勝利によって変更された場合とか
になるかと思いまするが、いかがなものでしょうか


90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 21:36:22
知らなかったけど人力鉄道の歴史サイトがあった。
http://www.kk-net.com/~tabuchi/JINSHA.htm


91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 03:08:05
韓信と義経に一票ずつ。
戦略的不利を完全に覆したといえばこの二人が印象深い。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 17:27:17
まあどっちもだいじだよな

93 :久々:2007/08/04(土) 19:09:52
外出かな?上田籠城の真田幸村。
徳川家主導で関ヶ原に勝つつもりだった家康に、外様優位の領土配分を押し付けたね。

秀忠の四万が間に合わなかったため、豊臣家臣団に戦場を委ねるしかなかった。
福島加藤は断絶に追い込まれるものの、この戦略失敗は幕末まで後遺症となった。


94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 22:12:13
それ昌幸

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 22:20:56
秀忠が遅れたのは雨で足止め食ったからという話もある

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 00:12:47
畠山重忠

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 23:28:02
川越野戦はむしろ戦略的事例だよな
「少数で大兵力を撃破する」という無理な戦術課題を達成しただけで。

基本は篭城の救出戦だもの。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/08(火) 17:26:18
>>49
いや、スキピオの登場がネックなわけだから、ハンニバルは大国を戦術で突き崩せなかったと
いうより、戦術的天才に巻き返されたというほうが正しい。
まあ、スキピオはハンニバルが持っていないもの全てを持っていたわけだが。


99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/08(火) 22:01:10
よーするに、小さな局地戦勝利で
戦略的不利を覆した人ってことかな?


100 :ウーゴ ◆eaYqa3SeLE :2008/01/10(木) 18:42:14
チリのラウタロ

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 18:59:10
てか、戦術的に敗北したのに戦略的には勝利したって戦いを挙げた方が早いぜ。
近代以前ではこれはかなり珍しいよ。
川中島だって、武田方の戦略的勝利といわれるが、
土地は確保したけど幹部クラスがかなり戦死している。
当時の封建社会では、当主の死というのはその軍を著しく弱体化させる。
一方、幹部クラスの戦死が少なかった上杉は、元気に関東に出陣している。
果たしてこれを武田の戦略的勝利と呼べるかね。
局地戦ではところどころ負けたが最終的に勝ったとはまた違うからね。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 19:00:00
現代だって、戦術的には負けたのに、
戦略的には勝ってしまいましたってのは、
第一次大戦のイタリアとか、ほんの極わずか。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/15(火) 04:43:23
日本じゃ孫子の影響かなんか知らんけど、戦略>戦術という認識が多すぎ。

欧州じゃクラウゼビッツしかりで、戦術>戦略じゃね?
アレキサンダーとかカエサルとかハンニバルとかナポレオンとかフリードリヒ大王とか、
全部傑出した戦術家って感じじゃん。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/15(火) 11:16:38
ナポレオンはしばしば兵站を無視して行軍したし、
ハンニバルのアルプス超えなんて大量脱落者を生み出した無茶苦茶な戦略だし、
フリードリッヒ大王にいたっては、自ら敵だらけの、
戦略的には非常にマズイ状況を生み出してるよな。
本来、役割の違いでどちらが上位概念とかではないのだが、
戦略>戦術っていわれることが多いね。
思うに銀英伝の影響が直接でなくとも間接的に強いと思う。
まあ、銀英伝も孫子の影響を受けているから、
根源をたどればやはり孫子の影響なのかな。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/18(金) 12:21:49
そこで神風ですよ。
戦略でも戦術でもボロ負け必須だったのに。
全てにおいて負けって状況がひっくり返った激レアケース。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/18(金) 19:53:25
フリードリッヒ大王はエカテリーナの旦那(名前忘れた)がいなかったらどうなっていたやら。


107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/19(土) 14:50:34
ミトコンドリアだな。
原始バクテリアに取り込まれたが、共生関係を持つことにより
地球生命のほとんど全てに子孫を遺し、宿主にとって必要欠くべからざる存在になった。

大古の戦術的勝利。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/27(日) 23:03:10
オスマン帝国の第二次ウィーン包囲を打破ったロートリンゲンのカルル大公やポーランドのヤン・ソビエスキーは名将だけど。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 21:44:27
同名のカルルでも七年戦争のカルルは、、、

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 01:00:18
日露戦争は違うの?

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 02:41:53
>>105
神風は関係ないよ。
モンゴル軍は戦闘でも日本軍にまったく歯が立たなかった。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 10:12:43
関ヶ原に間に合わなかった秀忠。
実は、親父が敗走してくれることを望んだ、との説は
いけませぬか。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 15:22:38
>>112
関が原で家康が敗退、下手をして命を落とした場合
伊達・最上が裏切り上杉と組んで東北勢が関東を蹂躙
関が原で勝った西軍は濃尾平野から東海を制圧されると予想される

そんな中で信濃の山奥に残った秀忠は何を目論んでたのか…


続きどうぞー♪

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 21:20:15
上杉は伊達と組むはありえるが、
そのまま飛び地併合で最上瀕死、そのまま越後まで制圧。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/21(木) 22:42:38
秀忠すら、大会戦により一気に勝敗がつけられる、
とは想像すらしていなかったと考える。
家康の懐刀の本田軍師もだ。
おそらく濃尾平野での東西の対峙、局地戦での睨みあい。
まあ、せっかちの三成が、すべてをぶち壊した、とも。
それを上回った謀略、政略家の家康が一枚役者が上かも。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 23:47:28
秀忠は、我が子国松より、家康の子供、竹知代が跡取りになる、
これを知ったのは、後日の話か。
本多さんは、やはり宗教がらみで、家康嫌いが本音。


117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/24(日) 10:48:44
織田信長って戦略派?戦術派?

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/24(日) 11:03:18
>>115
>秀忠すら、大会戦により一気に勝敗がつけられる、
>とは想像すらしていなかったと考える。
基本的に禿同。そしてこれは家康も同様。

秀忠の不手際がなかったとは言えないが、3万8千の
徳川主力を温存しておくというのは関ヶ原が不調に
終わった場合の「保険」。
保険だから使わずに済めばそれに越したことはない。
それにこれは、関ヶ原が勝利に終わった場合でも、
まったく消耗していない主力が残っているのは、
関ヶ原に参加していない全国の勢力に対する睨みに
もなる。
ただ、家康も安全策ばかり考えていた訳ではなく
関ヶ原では調略していたとは言え背後に吉川や毛利
が布陣している桃配山に本陣を構え、いくさの後半
では山を降りて更に前進している。
(これがなかったら小早川が動いたかどうか疑問)
いざという際の保険と、いざという時に勝負をかける
両方の采配が出来る器量が、徳川家康が天下を手中に
した要因だろうね。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/24(日) 11:12:51
>>117
>>115で書いたことにもつながるけど、
戦略と戦術は連動していることが重要。
戦術なき戦略は机上の空論。戦術だけで戦略がなければ
行き当たりばったりで先が読めない。
しかし、この連動を最後まで続けるのはかなり困難な
こともまた事実で、最終的な勝利者以外はどこかでその
連動が崩れている。
信長は戦略と戦術をうまく連動させてきてはいるが、
かなりタイトロープだったのも事実で、本能寺はそれが
崩れたことを示すものだと考えられるね。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/25(月) 19:54:15
料理の鉄人にとっては、レシピが戦略構想。で実技が戦術。
と仮定して「関ヶ原」を見れば、家康・三成。ともに
レシピである戦略構想は、あった。しかし、いざ実技の
段階になると、はるかに手際よき家康の戦術、料理の腕前が
勝っていた…。三成が手にしたかった食材をいち早く家康が手にして、
見事に調理した。
なんて考えは、いけませんか。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/29(金) 12:44:50
羽柴秀吉が、上杉謙信を恐れる信長を尻目に
北陸道を小当たりにして退きながら、
近江平野で決選を主張した慧眼は、すごいと思う。
卓抜した戦略眼。やはり謙信を「田舎武将」扱いする
秀吉の凄味が際立ちますが、さて、こんな秀吉を、謙信はいかに
戦術で突破していきますやら。
誰か考えてみてぇ。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/29(金) 17:48:26
そんな話あったっけ? 

ってか謙信は相手に小当たりに退かれながら、ジリジリ攻めていくなんて戦術や
戦略は取らないんじゃね? 基本電撃戦から相手を自分の動きに合わさせる、
主導権を絶対に手放さないで機動打撃に持ち込むってパターンだから、
秀吉の偽退に引っ掛かってジリジリと釣り込まれて近江平野で包囲なんてされる
くらいの戦術眼だったら、信玄の包囲戦略・戦術に軽く撃破されてると思うよ。

秀吉の凄みは、外交と物量戦・城攻めじゃない?
小牧・長久手では内線作戦から家康に各個撃破されてたけど、謙信の軍隊は
機動性でも打撃力でも家康軍より数段上だと思うよ。



123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/29(金) 18:15:38
戦術的な駆け引きは別として
織田領を蹂躙するなら近江は避けて通れないでしょ


124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/29(金) 18:46:07
まともな野戦も無しに近江まで下がるなんて戦略は、織田軍のイメージ丸下がりで
上杉軍の勢いつけるだけじゃないかね。
国人離れに繋がるし、敵対勢力も勢いにのるだけな気がするが。



125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 10:06:11
だね。当時の封建社会で、首都近辺まで引き込んでの会戦なんて自殺行為。
そんなに押し込まれたら寝返り続出だよ。
実際、秀吉はそれやって信長からめっちゃ怒られたわけで。
縦深防御なんて高等戦略ができるようになるのは、
国家が一つにまとまった近代以降でしょう。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 12:51:44
でも実際、謙信が存命していたら
北陸路を突き進んで近江には来てただろうな

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 07:04:58
中世以前でも縦深防御の例は多数ある。
ただ、多くの場合人口疎密地帯であって、
北陸時から人口集密地帯である近江の場合、
進撃すればするほど補給が楽になるわけで。
縦深防御の意味があまりない。
なんで秀吉は近江に引き込む事を主張したのかわからん。
単に勝家と喧嘩したかっただけの気がする。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 09:08:00
秀吉としては長浜場を軸に謙信と一戦交えたかったんじゃね?
具体的な戦術よりもまず目立つことに大事を置いていた希ガス

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 18:19:25
琵琶湖を中心とした湖上貿易圏をがんばって作り上げてきたのが、信長・秀吉じゃないの?

それをわざわざ近江まで上杉軍引き込むなんて、経済圏の安定に甚大な影響あるでしょ。
経済発展の第一は防衛・治安の安定なんだし。
聡明な秀吉がマジでそんなこと言ったのか? 原典は何?

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/08(土) 23:43:58
つかさ、上杉は近江に行ったりしないと思うよ。
上杉軍の強みは日本海貿易を支配し補給が楽な日本海側を西進し因幡〜但馬まで進出してくる毛利軍との合流を目指し敦賀に守備兵力を残して守りを固めつつ
一向衆・旧朝倉・旧武田・旧浅井・旧六角の蜂起で織田軍を牽制しつつ若狭→丹後で明智・細川軍を毛利と挟撃大破→将軍を擁して上洛し本願寺救援だろう。
下手に近江へ侵攻したら織田軍に包囲を受ける危険があるし…まぁ武田が美濃に軍事的圧力をかけまくってくれたなら北近江へ進出する選択肢も生まれようが。
基本は毛利か武田との合流し織田挟撃を目指す戦略でいかないと。


131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/09(日) 11:56:15
>上杉軍の強みは日本海貿易を支配し
織田攻略に背後に支配欲があったと?
謙信が本願寺救援ていう理屈も詳しく


132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 20:57:47
鳥羽伏見の戦いは?

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 22:53:24
小早川秀秋
鳥羽伏見の藤堂

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